食べてる時が一番幸せかもしれない

身体が弱っているし食べたいものを食べよう!と思ってコンビニに行ったけれど、食べたいものを食べるなんていつものことだった。

三大欲求の中で、食欲だけが突出している。他のものよりはいいかと思う。

 

幼い頃から、食には困らなかった。というか、色々食べさせられていた。

幸いにもピーマンやニンジンを嫌う味覚ではなかったので、家の庭で作られた野菜を食べていた。ナスとかニガウリとか。

田舎だったから、高級フレンチなどとは無縁だったけど、親の知り合いの猟師からよくシカやイノシシなどを譲り受けていた。

馬や鳩も食べたような気がする。祖母が炊いた山菜もよく食べていた。

ヨモギも土筆も食べられるものだと知っているし、タケノコやゼンマイも美味い。

父が釣り好きかつ料理も好きだったので、キスやタイも自分達で釣って食べていた。

ボラもよく食べていた。母方の親戚の家の近くの祭りで、アユをつかみ取りにして食べたこともある。

冬の家族の恒例行事として、北海道物産展で毛ガニを買って食べる。加えてカキを食べに行く日もある。そこでサザエやワラスボも食べる。

余談だが、ワラスボの見た目は割と好きだ。目が無くて牙が生えてる、エイリアンみたいな顔。

 

父の仕事の都合からか、あまり家族で旅行に行った記憶が無い。

親の真意は知る由もないが、そういった色々な経験ができない分、食だけでも楽しめるように、という思いがあったのかもしれない。

好きな食べ物は色々ある。嫌いな食べ物は無い。ちょっと苦手なものはあるけれど。

遺伝とか本人の生まれ持った性質とか初めて食べたものとか、要因は色々あるにしても、何でも食べられてなんでも楽しめるのは良いことだ。

美味しいものを沢山知っていると「アレは美味しいやつ」とわかるので食べたくなる。

知らないものでも「多分美味しいと思う」と食べたくなる。もしくは「美味しいのかどうか知りたい」って感じ。

美食家でも食に貪欲なわけでもないけど、まるっきり無関心で偏食にならずに済んだことはありがたい。

ただ、気に入ったものが見つかると、しばらくそればかり食べてしまうきらいがある。

これも偏食に入るのだろうか。だとしたら、そこまでケアしてほしかった、両親よ。